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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2640号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付第一物件目録(但し、原判決一二枚目表三、四行目の「四八・〇七平方メートル」を「四八・〇五平方メートル」と訂正する。なお、イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ各角は、いずれも、直角である。)記載の土地を、その上にある同第二物件目録記載の建物を収去して明渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示(但し、原判決四枚目裏三行目の「否む」を「含む」と訂正する。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  控訴代理人は、次のとおり述べた。

(1)  借地法第七条にいう「建物の滅失」とは、「建物を一時に全部取毀し、ないし、解体して借地の大部分が更地となつた状態が現出したとき」をいうものと解すべきである。しかるに、本件の場合は、さような状態が現出された事実はなく、同法条の適用がないものというべきである。

(2)  仮に、本件の場合にも借地法第七条の適用があるものとしても、本件賃貸借には「賃貸人の書面による承諾あるにあらざれば賃借物の原状を変更せざる」旨並びに「契約違背の行為ありたるときは、催告を要せず、直ちに契約を解除し得る」旨の特約があるところ、被控訴人は、右特約に反し、控訴人の承諾を得ないで本件借地上の建物の新築をしたのであるから、控訴人は、昭和四七年一月二一日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、被控訴人に対し、右契約違反の背信行為を理由として、本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

(二)  被控訴代理人は、次のとおり述べた。

(1)  控訴人の前掲(一)の(1)の主張を争う。

(2)  同(2)の主張については、控訴人において、被控訴人による本件建物の新築につき、すくなくとも黙示の承諾を与えていたものである。すなわち、控訴人は、本件建物の新築を知つており、昭和三二年四月被控訴人が本件建物の保存登記をするに際して被控訴人に承諾書を与えているが、仮に右承諾の事実が認められないとしても、控訴人は、本件建物新築の事実を知りながら、本件訴訟に至るまで何ら異議を述べていないのであるから、すくなくとも、黙示の承諾を与えていたのである。従つて、背信行為の問題は起きず、控訴人の解除の主張は失当である。

(三)  証拠(省略)

理由

一  控訴人が、昭和二二年一一月一日、被控訴人に対して、本件土地を、普通建物の所有を目的とし、賃料一か月金七五三円、期間昭和四二年一一月一日までの約で賃貸したこと、被控訴人が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは、いずれも、当事者間に争いがない。

二  ところで、被控訴人は、「昭和三〇年八月、既存の平家建建物を取毀し、借地権の残存期間をこえて存続すべき本件建物を新築したので、本件借地権は右取毀時から二〇年間存続することとなつた。」として借地法第七条による法定更新を主張し(抗弁(一))、これに対して、控訴人は、「既存建物はその全部が取毀されたわけではなく、本件建物は既存建物を利用した単なる増築の結果にすぎない。」とし、「仮に抗弁(一)の事実が認められるとしても、控訴人において右新築に対して遅滞なく異議を述べなかつたのは、その主張するような事情から、これを単なる増築にすぎないと過失なく信じていたことによるものであつて、かような場合には借地法第七条の法定更新は認められるべきではない。」と主張する(再抗弁の(一))。右借地法第七条による法定更新の有無に関する点についての当裁判所の判断は、次のとおり訂正ないし付加するほか原判決の理由説示(原判決七枚目表九行目から同一〇枚目裏末行の「明らかである」まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  原判決八枚目裏九行目の「原告代表者本人」の次に「(第一、二回)」と加え、同九枚目表一行目の「約足」を「約定」と訂正し、同表三行目の「認められ、」の次に「当審における証人加藤かねの証言及び」と加え、同表五行目から六行目にかけての「証人依田光夫の証言」を「原審における証人依田光夫、当審における証人加藤かねの各証言」、同表七行目の「証人黒岩正敏の証言中」を「原審における証人黒岩正敏及び当審における証人中潔の各証言中」、同裏三行目の「知つたが」を「知つたか」、原判決一〇枚目表二行目の「借じて」を「信じて」と、それぞれ、訂正する。

(二)  控訴人は、借地法第七条にいう「建物の滅失」とは、「建物を一時に全部取毀し、ないし、解体して借地の大部分が更地となつた状態が現出したとき」をいうものと解すべきである、と主張するが、同法条の法意は、要するに、新築建物の耐用年数に見合うよう、爾後の借地権の存続が保障されることを願う借地人の立場と建物新築という借地人の一方的な行為によつて借地権の存続期間が当然に延長されることによる、地主の不利な立場との調整をはかるため、地主の異議の有無によつて法定更新の成否を決しようとするにあるのであつて、右の法意を考慮しても、必ずしも、建物滅失の一態様としての取毀ないし解体につき、所論のような場合でなければ、同法条の「滅失」にあたらないとまで解しなければならないものでもない。原審における証人依田光夫の証言、当審における証人加藤かねの証言の一部及び原審における被控訴人本人尋問の結果の一部によれば、被控訴人が本件建物を新築するにあたつては、昭和三〇年七、八月頃、従前の建物であるバラツク約一二坪のうち、家財の置場所等のため、さしあたつて工事に支障のない部分約二坪を残し、その余の部分を取毀して新築工事にとりかかり、その後、バラツクの残存部分は新築工事の進行程度によつて取毀し、最後には既存バラツク全部を取毀して、同年九月一五日頃、その跡に前認定のような本建築の本件建物を新築したことが認められ、控訴人主張の場合のように既存バラツクを一時に全部取毀し更地にしたうえで新築工事が行われた(当審における証人加藤かねの証言中には、既存バラツクが一時に全部取毀されて更地になつた状態を見た、とする部分があるが、にわかに措信し難い。)とまではいえないが、前認定のとおり、遅くとも昭和三〇年九月一五日頃までには既存バラツクは全部取毀されてそれとは全然別個の本建築である本件建物が新築されたのであるから、その頃までには既存建物は滅失したものというべく、控訴人の右主張は採用することができない。

三  次に、控訴人は、仮に、本件の場合にも借地法第七条の適用があるとしても、被控訴人の本件建物の無断新築を理由として本件土地賃貸借契約を解除した、と主張する。

本件土地賃貸借契約に控訴人主張のとおりの約定があつたこと、被控訴人が従前の建物を取毀して本件建物を新築するにあたり、控訴人の承諾を求めず、通知もしなかつたことは、いずれも、前認定のとおりである。しかし、控訴人において、本件建物新築工事が行われたことを、その工事中に知つたか、すくなくとも、知り得たにもかかわらず、本件訴訟に至るまで、十二、三年間の長きにわたつて、右新築工事について何ら異議の申出をしなかつたことも前認定のとおりであり、しかも、当審における証人加藤かねの証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は被控訴人による本件建物新築後も、引続き、異議なく、被控訴人から本件借地の地代を受領して来たことが認められるから、これらの事実を総合して考察するときは、従前の建物の取毀ないし本件建物の新築につき、控訴人はすくなくとも黙示的に承諾していたものと認められる。

してみれば、控訴人が昭和四七年一月二一日午前一〇時の本件口頭弁論期日において被控訴人に対して本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著なところであるが、控訴人は前認定のとおり被控訴人の本件建物の新築を黙示的に承諾していたのであり、従つて、本件建物の新築をもつて直ちに控訴人の主張するような契約解除の原因となるべき背信行為であるとまではなし得ないから、控訴人の右解除の意思表示はその効果を生ぜず、ひいては、控訴人の右契約解除の主張も採用することができない。

四  以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきものである。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。

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